Tips

無意識を実験する方法:連続フラッシュ抑制(CFS)研究のレビュー

はじめに

この記事では連続フラッシュ抑制(CFS; Continuous Flash Suppression)という手法を用いた研究のレビューを行います。CFSは、「画像が目に入っているにもかかわらず意識には上らない」という不思議な状況を作り出すことのできる実験手法です。この興味深い現象は、(無)意識の研究を中心に、数多くの心理学的・神経科学的研究で利用されています。

無意識的な心的過程の研究に私自身が最近関わるようになり、その際に使用している CFS という手法の意義や限界が知りたくなりました。この方法を使うことで、人間の無意識的な情報処理について一体どのようなことが分かるのでしょうか? 色々と調べてメモ書きをしていたら内容が雑然と溜まってきたので、自分の頭の整理も兼ねてブログ記事にまとめておくことにしました。

この記事では、CFS に関するレビュー論文・意見論文・実験論文のうち、比較的新しいものから重要性の高い(と個人的に思った)もの9本の内容を紹介します。CFS を使って分かったこと(意識の性質とか)よりは、そもそも CFS を使うことで何が分かるのか/分からないのかという、方法論の問題に重点を置いています。CFS 研究について知りたい人や、CFS を用いた実験を今後やってみたい人には役立つと思います。

用語

CFS (Continuous Flash Suppression)
CFS では、工夫された装置を使うことで、被験者の両眼それぞれに異なる映像を呈示します。例えば、左目には顔の画像を、右目には連続フラッシュ画像(テレビの砂嵐画面のように、モザイクのようなランダムな画像が高速で次々と表示される)を呈示します。このような状況を作ると、被験者の主観(知覚)では、右目に表示されているモザイク画像しか見えなくなります。つまり、左目には顔画像が表示されている(感覚情報として入力されている)にもかかわらず、それは見えない(意識化されない)状態になります。

もちろん、右目を閉じて左目だけを開ければ顔画像が見えるのですが、両眼を開いた状態だと、ちょうど右目だけを開いてモザイク画像だけが見えているのと同じような(主観的知覚の)状態になります。言い換えると、左目に入力されている顔画像についての意識(視覚意識)が抑制された状態を作り出すことができるのです。

"Continuous Flash Suppression" で画像検索するとモザイク画像が具体的にどんなものか分かります。モザイク画像は10Hz(1秒に10枚のペース)で切り替えることが多いです。実際の映像があれば分かりやすいのですが、YouTubeなどを探しても良さそうなのがあまり見つかりませんでした。

私は CFS 実験を実施するために、VR 用の HMD を使っています。HMD を使うと CFS の実験が手軽に行えてとても便利なのです。この記事の最後でその話に触れようと思います。

ターゲット刺激とマスク刺激
上記の例で、顔画像のことをターゲット刺激、モザイク画像のことをマスク刺激(マスキング刺激)と呼びます。マスク刺激は、利き目の側に呈示することが多いです(その方が抑制が強くかかるので)。利き目は簡単な方法で調べることができます(こちらの記事を参照)。だいたい7割くらいの人は右目が利き目です。ターゲット刺激は、顔画像以外にも研究目的に応じて様々な内容の画像が使われます。

抑制
マスク刺激によって、ターゲット刺激の知覚や意識が抑制されること。Continuous Flash を使って意識を Suppression する現象/方法だから CFS (Continuous Flash Suppression) と名付けられているわけです。

b-CFS
CFS を用いた実験のやり方(パラダイム)のひとつに、breaking CFS (b-CFS) と呼ばれる方法があります。CFS を使うとターゲット刺激が見えなくなりますが、しばらくすると(映像の呈示開始から数秒から10秒後くらい)、やがてターゲット刺激が見えるようになります(完全に見えると言うよりは、部分的に見えることが多いです)。

b-CFS では、ターゲット刺激が見えるようになるまでの時間を計測し、無意識処理の指標とします。例えば、ターゲット刺激として恐怖の表情をした顔画像を呈示すると、無表情の顔画像を呈示した場合よりも、ターゲット刺激が見えるようになるまでの時間が短いことが報告されています。このことから、恐怖の表情は無意識の状態を突破(breaking)しやすい、つまり、人間の意識にアクセスしやすいのだと考えられます(この説には異論があります、後述)。

抑制時間
上記の b-CFS パラダイムにおいて、ターゲット刺激が無意識状態を突破して意識に上るまでの時間のことを抑制時間と呼びます。論文によって suppression duration とか breaking time とか response time (RT) とか色々な呼ばれ方をしています。この記事でも抑制時間とか反応時間とか RT とか一貫しない呼び方をしますが、同じ意味で使っています。

無意識処理の範囲をめぐる議論

人間が受け取る視覚入力(網膜が得る感覚情報)の量は膨大ですが、その大半は意識に上らないまま、無意識的に処理されます。無意識に処理された情報が、にもかかわらず人間のその後の判断や行為に影響を与えることが知られています。例えば、CFS を使って何らかの視覚情報を無意識的に被験者に与えると、それが、後続する意識的な課題において順応効果やプライミング効果を引き起こすことが報告されています。

ここで生じてくる論点として、どのような情報でも無意識的に処理されることが可能なのかという問題があります。無意識的に処理され得るのは低次の視覚情報(方位、色、形など)に限られるのか、それとも高次性質(カテゴリー、意味、概念、情動価など)も人間は無意識のまま処理することができるのか、というのが主な対立点になっています。

Moors, P., Hesselmann, G., Wagemans, J., & van Ee, R. (2017). Continuous Flash Suppression: Stimulus Fractionation rather than Integration. In Trends in Cognitive Sciences (Vol. 21, Issue 10, pp. 719–721). Elsevier BV.

上記の論文では、CFS によって意識が抑制された刺激の表現(心的表象)は低次(視覚野の表象から得られる基本的な視覚特徴)に限られ、文やシーンの意味などの高次処理は無意識的にはできないのだと、近年のいくつかの発見を元に脳の情報処理メカニズムの観点から主張しているレビュー論文です。

この論文には反論が出ています。

Sklar, A. Y., Deouell, L. Y., & Hassin, R. R. (2018). Integration despite Fractionation: Continuous Flash Suppression. In Trends in Cognitive Sciences (Vol. 22, Issue 11, pp. 956–957). Elsevier BV.

Sklar らの言い分は以下のようなものです:

Moorsら(2017)の主張は「CFS が初期視覚野の活動に影響を与える(マスク刺激によって通常の視覚情報処理が阻害される)という事実から、見えない刺激に対する視覚表象は断片化(fractionation)された基本的な視覚特徴に限られ、従って高次の処理(情報の統合)は起こらない」というものである。しかし、断片化という言葉が何を意味するのか不明確である。もし CFS が初期視覚野の活動を断片化させて線や方位などの単純な情報しか脳が表現できないようになっているのであれば、刺激の意味による CFS 効果(ターゲット刺激の持つ意味が無意識的に処理されていることを示唆するような実験結果)を報告している文献が膨大にあることと整合性がとれない。また、たとえ CFS によって視覚野の活動に何らかの断片化が起こるのだとしても、無意識のままで高次な情報の統合が起こることを示唆する研究が多くあるため、無意識的な情報統合を否定することはできない。

Sklar らの反論論文に対して、Moors らが応答論文を出しています。

Moors, P., Gayet, S., Hedger, N., Stein, T., Sterzer, P., van Ee, R., Wagemans, J., & Hesselmann, G. (2019). Three Criteria for Evaluating High-Level Processing in Continuous Flash Suppression. In Trends in Cognitive Sciences (Vol. 23, Issue 4, pp. 267–269). Elsevier BV.

この論文では、刺激の何らかの高次性質が無意識的に処理されていることを CFS パラダイムを使って主張するためには、次の3つの基準がクリアされていなければならないと主張しています。上記の Sklarら(2018)が提示した無意識的な高次処理の事例を認めつつも、そこで引用されている論文たちはどれもこの3基準をクリアしていないのだと述べられています。

1) 妥当な実験パラダイムを用いること。無意識的な高次処理を主張する論文の多くは b-CFS パラダイムを用いているが、b-CFS パラダイムにおける抑制時間が無意識的処理を反映していると見なして良いかは議論の余地がある(Hedger2016; Stein2014)。潜在処理指標が意識的な指標と対比されるような「乖離アプローチ」(e.g., Hesselmann2018)を使う方が、無意識な処理であることを主張する上ではより妥当だろう。

2) 再現性を確認すること。無意識的な高次の視覚処理を主張する研究の多くは再現性がないとされている(Moors2016)。

3) 低次処理による説明を排除すること。特定の顔表情は意識に優先的にアクセスするとされているが、この結果は刺激の低次画像特徴の違いによって説明可能であることが報告されている(Gray2013)。また、抑制時間が顔の支配性によって影響されるという結果も、目の領域の画像的な違い(低次要因)によって説明できることが報告されている(Stein2018)。

以上の論争をまとめると、意味や情動といった高次性質が無意識的に処理されていることを示唆する実験結果は数多くあるものの、方法論上の問題により、確かな結論を導くにはまだ早い、というものでしょう。CFS パラダイムの方法論的な問題点は次のセクションで紹介するレビュー論文でも詳細に触れられており、CFS を用いた実験の結果を解釈し意味づけする際には注意が必要であることがわかります。

CFS 研究の包括的なレビュー論文

ここからは、CFS 研究についてこれまで分かっている知見を包括的にまとめたレビュー論文を2つ紹介します(Pournaghdali and Schwartz, 2020; Stein, 2019)。どちらの論文も、CFS という手法自体が持つ問題点やその克服方法への言及が目立つ点が注目を引きます。

CFS という手法は比較的新しい方法です。CFS 研究の初報は Tsuchiya & Koch (2005)、b-CFS 研究の初報は Jiang, Costello & He (2007) です。CFS 以外で無意識処理の研究に伝統的に用いられてきた、例えば順応・逆光マスキング・プライミングなどの現象に比べれば、歴史の浅さは歴然としています。そのことを考えれば、研究手法としての CFS が現在も発展途上であるのも仕方のないことかもしれません。

以下、それぞれの論文の主要なポイントを抜粋してまとめます。

Pournaghdali, A., & Schwartz, B. L. (2020). Continuous flash suppression: Known and unknowns. In Psychonomic Bulletin & Review (Vol. 27, Issue 6, pp. 1071–1103). Springer Science and Business Media LLC.

CFS実験における刺激パラメータの影響

ターゲット刺激とマスク刺激の空間周波数や、マスク刺激の時間周波数(切り替え速度)によって、抑制効果は変わる(抑制が生じないこともあれば、抑制が強くなり過ぎて無意識的処理まで阻止されてしまうこともある)。刺激や課題の種類によって CFS 実験の結果が一貫しないことの原因のひとつはこれらの低次レベルの実験設定に違いがあることだと考えられるので、ターゲット刺激とマスク刺激の空間的/時間的特性は CFS 研究において重要なパラメータである。

時間周波数:マスク刺激のリフレッシュレートが 10 Hz かそれより小さい(5〜7Hz)の時に意識抑制効果は最も強くなる。ただし、ターゲット刺激が ramp-up(画像の透明度を徐々に変えて少しずつ出現させる手続き)なしで短時間呈示(100ms未満など)される場合には、28 Hz のような高周波の方が抑制効果が高いとの報告もある(Kaunitz2014)。ターゲット刺激も時間的な変動を持つ場合は、ターゲットとマスクの周波数が一致している場合に抑制効果が高い(Han2018)。

空間周波数:低空間周波数を持つマスク刺激が効果的だという報告もあれば、高空間周波数の方が良いとする報告もある(なので CFS 研究では刺激の空間周波数特性を論文中に記載することが推奨される)。

:グレースケールのターゲット刺激にはグレースケールのマスク刺激を用い、カラー刺激にはカラーマスクを用いるのが効果的。ただし動くターゲット刺激にはグレースケールのマスクが効果的。

動き:動くターゲット刺激には動くマスク刺激を用いるのがよい。

その他:マスク刺激内にエッジがある方が効果的。モンドリアンの空間的密度が高い方が効果的。

CFS実験における意識の測定方法

被験者がターゲット刺激を意識的に知覚しているかどうかをどのように判定すればよいか。これまでの研究では以下のような方法(課題)が用いられてきた。

yes/no検出課題:刺激を見たか/聞いたかをyes/noで回答させる方法。課題遂行が容易で閾値推定の分散も小さいという利点があるが、反応に保守的な基準が用いられがちであることや、意識的知覚を二分法的に見なすことへの疑義といった問題もある(意識というのはあるか無いかのどちらかの状態しか取れないとは限らず、その中間的な状態もあるのだという議論もあるということ)。

Perceptual Awareness Scale (PAS):4段階の尺度水準で意識状態を回答させる方法(No experience, brief glimpse, almost clear experience, and absolutely clear experience)。PAS は二分法的な回答方法よりも課題成績や神経活動との相関が高いことが報告されている。ただし4つの水準間の境界は自明ではなく、PAS も被験者の意思決定基準に影響を受けるという問題がある。

確信度評定:課題成績または意識的知覚について(メタ認知的)確信度を回答させる方法。この方法は意識的経験においてメタ認知的経験が不可欠であるという観点に基づいている。被験者が高い確信度をもち、かつそれが課題成績と関連していれば、その被験者は意識的にターゲットを知覚していたのだとみなす。ただし、意識的知覚とメタ認知的経験は乖離する場合があることも指摘されているため、メタ認知的確信度評定が必ずしも意識的知覚を反映するとは限らないという問題がある。また、2人の被験者が同じ程度の意識的/メタ認知的経験を持っていたとしても、回答基準の違いにより異なる回答をする可能性があるという問題もある。

mAFC/mIFC:ターゲット刺激の出現位置を回答させたり(多肢強制選択課題)、出現区間を回答させたり(多区間強制選択課題)する方法。課題成績がチャンスレベルを超えない場合、被験者はターゲットを意識化していないとみなす。上記3つの主観的回答を求める方法よりは回答基準の影響を受けにくいとする報告もあるが、それでもバイアスが無いというわけではない。また、強制選択法は「課題成績」の指標であり、主観的な意識経験の指標ではない。盲視の例のように、課題成績と意識経験はしばしば乖離する。従って、課題成績がチャンスレベルを越えていたことは必ずしも意識的な知覚が生じていたことを意味しない。

分析方法についての最近の進展

反応バイアスの問題は信号検出理論を使った分析方法によってある程度は回避できるが、CFS 研究においてはこれまで用いられてこなかった。最近、無意識下での知覚処理を評価するための分析方法として、信号検出理論の多次元的な拡張としての General Recognition Theory が提案されている。この方法を使うと、ある視覚処理が意識に依存するか、あるいは意識と独立であるかを評価できる(Pournaghdali2020)。また、メタ認知的感受性を従来の方法よりも正確に測定できる meta-d' という指標も提案されている。

無意識的に処理される情報内容について

方位や形など低次レベルの視覚特徴は CFS によって抑制された状況でも処理されるという証拠が蓄積している。顔の表情や物体のカテゴリなどの高次性質が無意識的に処理されているという報告もあるが、現在のところその証拠が十分とは言えない。

順応やプライミングによる研究から、CFS によって顔の認識処理は阻害されており、顔の無意識的なプライミング効果は刺激の低次特徴が手がかりになっていると示されている(高次処理が行われていると想定する必要はない)。他方で、b-CFS を用いた研究からは、正立した顔(vs倒立顔)、被験者自身の顔、視線が直視の顔、個人的な知り合いの顔、観察者の方を向いた顔、呈示位置が一致した顔、魅力の高い顔は、抑制時間が短く、意識に早く上りやすいことが示唆された。しかしながら、b-CFS パラダイムはその方法論的な問題のため、結果の解釈には慎重になるべきである。

顔の表情が無意識的に処理されていることを示唆する結果が CFS 状況下での順応やプライミングを用いた実験、および b-CFS による実験から報告されている。しかし、顔の感情そのものではなく、画像の低次レベルの特徴が知覚の手がかりになっている可能性も指摘されているため、現在のところ顔の表情が無意識的に処理されると結論づけることは難しい。

無意識的知覚の神経基盤や、意識についての理論的研究に CFS 研究が与える示唆

次は Stein (2019) の概要です。

Stein, T. (2019). The Breaking Continuous Flash Suppression Paradigm. In Transitions between Consciousness and Unconsciousness (pp. 1–38). Routledge.

無意識的な視覚処理を検討するための古典的アプローチ(The classic dissociation paradigm)

このアプローチでは刺激を不可視にして、「刺激についての意識」および「刺激についての処理」についてそれぞれ測定する。刺激についての意識がなく、かつ刺激処理が生じていた場合、無意識の視覚処理が起こっていたのだとみなす。このアプローチには2つの実験パラダイムがある。

プライミング的な研究で使用される直接-間接パラダイム(The direct-indirect dissociation paradigm)

刺激についての意識を直接測定する課題と、偶発的な刺激処理を測定する間接的な課題とを対比させる方法。刺激処理はプライミング効果、注意補足、順応残効、神経活動の記録などによって評価する。刺激についての意識は主観報告(刺激を見たかの報告・視認性の評定・確信度評定)や客観的測定(刺激の検出や弁別)によって評価する。難点として、主観報告はリベラルな傾向がある(刺激への意識を過小評価する)ため無意識的な処理の程度を過大評価する可能性があり(実際にはいくらかの意識があったにもかかわらず、刺激を意識しなかったと被験者は回答しがちなので、無意識処理を過大評価したデータになってしまうということ)、客観的測定は保守的なため無意識的処理の程度を過小評価する可能性がある(刺激への意識がなくとも検出課題などの客観的課題にはチャンスレベル以上で正答できることがあるので、客観的測定を意識の指標としてしまうと、実際には意識がないのに意識があったとみなしてしまうデータになるので、意識のある処理を過大評価してしまう(=無意識処理を過小評価してしまう)ということ)という点が挙げられる。CFS パラダイムの開発以前は逆行マスキングがよく使われており、高レベルの意味的無意識処理の証拠が得られている。一方で、CFS を用いたプライミングや順応残効についての初期の研究では、無意識的処理は比較的限定的であることが示された。
(注)「主観報告はリベラルで客観報告は保守的」というのはこの論文の著者の書き間違いで、「主観報告は保守的で客観報告はリベラル」というのが正しいのではないかと思いました。その方が上記の文章の意味が通ります。この論文内の別の箇所で「主観報告は保守的かもしれない」という記述もあります。

盲視的な研究で使用される直接-直接パラダイム(The direct-direct dissociation paradigm)

刺激についての意識は見えたかどうかの判断や視認性の評定、確信度などの主観評定で評価する。刺激処理は検出や弁別などの課題によって評価する。難点として、意識についての主観評定の基準が保守的であった場合に、無意識下における(と被験者が報告した)刺激処理が実際には弱い意識状態での処理を反映している可能性がある。直接-直接パラダイムを用いた CFS 研究は少ないものの、主観的に意識していない刺激に対してチャンス以上の検出や弁別が可能であるという報告がある。ただしこれらの研究は弱い意識状態の処理を無意識処理とみなしてしまっている危惧がある。そして、逆行マスキングと主観的意識の criterion-free な測定法を用いた研究からは、無意識的な処理の証拠は得られなかった。

刺激の検出や弁別が、直接-間接パラダイムでは意識の測定に用いられており、直接-直接パラダイムでは刺激処理の測定に用いられている点に注意。課題(測定法)の用いられ方がパラダイム間で一貫していないことは、これらの研究の結果を一般的な理論に集約することを困難にしている。

b-CFS パラダイムについて

古典的なアプローチとは異なり、b-CFS パラダイムは2つの課題ではなく1つの課題から構成され、そこで測定されるのは刺激についての主観的な「意識」(刺激の検出や弁別)である。では、なぜこのパラダイムを刺激の無意識的な「処理」について検討するために用いることができるのだろうか。ひとつの考え方は、ターゲット刺激の処理が、無意識的処理から意識的処理へと経時的に移行し、その移行は多かれ少なかれ非連続的に起こるものであると想定することである。すると、もし意識に上るまでの時間(実験で測定された反応時間)に違いがあれば、それは無意識的処理に違いがあったことを示すのだと考えることができる。

ただしこのロジックには問題点がある。ひとつは、無意識的な処理から意識的な気づきへの離散的(非連続的)な移行点が存在するかどうかは論争中であるということ。この論点は意識が連続的であるか二分法的であるのかという大きな問題と関連がある。もうひとつは、被験者の反応は意識化の後の知覚処理(カテゴリ化や事例レベルの同定など、後期の知覚過程)や非知覚的な過程(命名、意思決定、反応選択など)によっても影響される可能性がある点である。

b-CFS 研究のレビュー

どのような情報が無意識的に処理可能であるのか。これまでの研究を総括すると、低次視覚特徴が無意識的に処理されることは確かなように考えられるが、高次性質が無意識的に処理されると結論できるのに十分な証拠はまだない。

低次視覚特徴:高コントラスト、より大きな網膜上でのサイズ、高空間周波数、接線方向ではなく半径方向の向きや動き、より速い運動速度、動きと形態のより高いコヒーレンス、直行ではなく共線的な輪郭、穴を含むターゲットは、b-CFS の抑制時間が短い。また、ターゲットとマスクの視覚的特徴が類似しているほど抑制時間が長くなる。マスク刺激が、ターゲット刺激と、高次視覚野において類似した表現を持つ物体カテゴリーの画像で構成されている場合(例:ターゲットが建物でマスクが車)に抑制時間が短くなるという報告もある。カニッツァ図形は抑制突破が早いという報告もなされたが、その後の研究から共線的なエッジや特定の方位の存在などより低レベルの交絡因子が反映されていることが明らかになった(したがってゲシュタルト的なまとまりが無意識処理されているとは言えない)。物体同士の衝突による因果的イベントの抑制時間が短いという報告もある。

顔や物体:恐怖顔は中立顔に比べて抑制突破が速いという報告が多くある。恐怖表情の優位性は倒立顔においても見られたことから、感情的意味ではなく低レベルの物理的差異が優位性の原因と示唆される(上下がひっくり返された倒立顔画像は表情を認識することが困難であるので、意味処理が起こっていたとは考えられず、形やコントラストなどの画像特徴の違いが恐怖顔の優位性をもたらしていたと考えられるということ)。表情の効果は扁桃体への特殊な皮質下経路に依存するのではなく(そのような説明がよくされるが)、感情そのものとは無関係な刺激間の特定の物理的差異を反映していることが示された。

アイコンタクトをしている顔、被験者の方を向いている顔、信頼できる顔や非支配的な顔、魅力的な顔、成人男性や赤ちゃん女性の顔、友人の顔、自分自身の顔は、抑制突破が速いと報告されている。ただしこれらの研究は倒立コントロール条件を用いていなかったり、倒立顔でも同じ効果を見出しているため、抑制時間の違いは顔の特性そのものの処理の差ではなく画像の物理的な差を反映している可能性がある。同様に、異なる感情的な身体姿勢の間の抑制時間の違いや蛇と鳥の間の抑制時間の違いは、刺激間の交絡する物理的な違いを反映していることを示唆する証拠が報告されている。

個人特性と無意識処理の関連を調べるアプローチもある。b-CFS における、花に対するクモの優位性(蜘蛛の画像は抑制突破が早い)は、自己報告によるクモ恐怖症の程度と相関した。また、支配性顔の非・優位性は被験者の信頼傾向の少なさと相関した。ただしこれらの相関係数は一般的に小さく、時に再現性もない。

単語とフレーズ:単語やフレーズの意味や感情的内容が抑制時間に影響するという報告もあるが、結果は一貫していない。

知覚学習や感情的学習:刺激の低レベルな物理的違いによる交絡を防ぐ一つの方法として、同種の刺激の一部に対して学習を課した後に、その抑制時間を検討する方法がある。しかし、方位や運動方向の知覚学習は抑制時間を変化させることはなかった。他方で、古典的恐怖条件付けの手順で電気ショックと対になった方位刺激の抑制時間は短くなるという報告がある。同様の結果は顔刺激についても得られている。

プライミング、ワーキングメモリ、および注意:意識的なプライムが後続の CFS 課題に及ぼす影響を調べた研究から、プライムの単語や画像がターゲット刺激のアイデンティティ、物体カテゴリー、色、意味、単語配列などを予測する場合に、抑制時間が短くなることがわかった。ただしプライムとターゲットの時間間隔を1秒以上に広げると効果が消失するという報告がある。特定の色、形、顔のアイデンティティ、または顔表情をワーキングメモリに留めておくことは、一致するターゲットの抑制時間を短くする。特定の注意セットを導入したり注意負荷を加えたりすると抑制時間は影響を受ける。注意の影響は眼球に固有のものであることさえあり、トップダウンの影響は視覚処理の最も初期の単眼レベルに到達することが可能であるのかもしれない。

マルチモーダル統合・臨床研究:略

分析方法上の懸念:b-CFS パラダイムでは「研究者の自由度」が特に懸念になりやすいと指摘されている。ほとんどの b-CFS 研究では RT 測定法を使用しており、RT 分布は正の歪度と尖度を持ち尾部が非常に長くなっている。適切な中心傾向の測定値を導き出すことは些細なことではなく、研究者によってさまざまな変換方法やデータ除外方法が用いられている。

Speeded RT 課題の問題点と解決策

b-CFS 研究の大部分はターゲット刺激の検出課題やターゲット刺激の位置の回答課題を使っている。この時、反応の基準が実験条件によって系統的に異なる可能性がある(例えば正立顔は倒立顔に比べて反応に必要な感覚的証拠が少ないなど)。その場合、抑制時間の違いは無意識処理の違いではなく反応基準の違いを反映しているに過ぎない可能性がある。また、後期の知覚過程や知覚後の意思決定なども反応時間に影響を与えうる。したがって、RT の違いはターゲット刺激が意識化されるまでの時間の指標として妥当では無い。

反応時間計測にまつわる問題を解決するためには、素早い回答を要求しない検出や定位の課題を課し、信号検出理論などを用いて回答基準の違いに依らない知覚的感度の指標を得ることである。この方法では各試行の時間が一定に固定されるが(通常の b-CFS 課題では被験者がターゲット刺激に反応するまで試行は終わらない)、個人内や個人間で抑制時間は異なるので、床効果や天井効果の発生が危惧される。適応的階段法による閾値推定では成績に基づいて刺激の呈示時間やエネルギーを調整するので、一定程度の解決策にはなる。RT に基づく抑制時間の測定は、実施が容易ではあるものの意識への移行を捉えるには効果的ではないため、今後の b-CFS の研究では素早い反応を要求しない正確さベースの課題を用いるべきである。

b-CFS 研究では統制条件としてターゲット刺激がマスク刺激に徐々にブレンドされる試行が行われることが多い。そして、統制条件で CFS 効果が見られないことを確認することで、知覚後の要因が抑制時間に影響した可能性を排除する。しかし、このような統制条件は多くの点で CFS 条件と異なるため(主観的な知覚経験、ターゲット刺激の見た目、知覚の不確実性など)、統制条件としての妥当性は低い。実際、b-CFS 条件の RT 分布は統制条件に比べて広がりが大きく尾が長い。

実験条件間の抑制時間の差が統制条件では見られない研究が多いが、それはその統制条件が条件間差に対する感度が低いだけであることを意味するように思われる。倒立顔に対する正立顔の検出優位性は、b-CFS 以外のいくつかの心理物理学的手法で得られているが、b-CFS の統制条件では有意な倒立効果が得られないことが多い。統制条件が CFS 条件 と完全に比較できないという事実だけで、その比較は無効であり、その比較に基づいて無意識的な処理の違いについて結論を出すことは妥当ではない。

今後の研究で推奨される実験方法

検出成績から無意識処理が検討できるという考えは、次の仮定が成立することを前提にしている。(a) 無意識的処理から意識的知覚へ移行するという時間的な順序性があること、および (b) 無意識的処理から意識的知覚への移行点が正確に測定できるということ(または仮想的な移行点に先行する過程によってのみ影響を受ける測定値が得られること)である。こうした考えが妥当であるためには、ターゲットが意識化された後の過程(後期知覚過程や知覚後の過程)に抑制時間が影響されてはならない。

提案1: 閾での検出

RT ではなく正確さベースの課題であっても、刺激弁別のような意識的な後期知覚過程が成績に影響する可能性がある。特に、検出や定位の課題成績が全体的に高い場合、少なくとも一部の試行で意識的な刺激の同定が行われている可能性がある。逆に、検出の後にのみ弁別や同定が可能になると想定すると、課題成績がチャンスレベルであれば意識的な弁別や同定は起こっていないと考えられる。

従って、条件A(例えば倒立顔)で成績がチャンスになるような検出閾で刺激を呈示した際に条件B(正立顔)でチャンス以上の成績になることが見出されれば、一方の条件で刺激が意識されないまま、他方の条件では刺激が意識に押し上げられたことを示せる。ただし被験者ごとに閾値が異なるという問題や、試行ごとでの抑制の変動、時間の経過に伴う全体的な抑制の弱化などの課題がある。

CFS を逆行マスキングなどの他の心理物理学的手法に置き換えることは賢明かもしれない。検出性の違いから無意識的な処理の違いを推測するという論理は CFS に縛られるものではなく、他の心理物理学的手法にも同様に適用できる。例えば逆行マスキングでは、ターゲットを検出閾値付近で最大強度で呈示するように刺激パラメータをより簡単に調整することができる。

提案2: 検出-弁別パラダイム

弁別はできないが検出のしやすさには差があれば、検出はそれ以降の過程に汚染されておらず、かつ無意識的に行われたことの証拠になる。例えば正立顔が倒立顔よりも検出成績が良く、かつその両者を被験者が弁別できないならば、正立刺激が無意識的に処理されたとみなせる。この考えを用いて、b-CFS を直接-直接パラダイムにすることができる。刺激への意識は、正確さベースの検出課題や定位課題で直接測定し、実験操作に対する意識は正確さベースの条件間の弁別課題で直接測定する。この方法を行うには、検出/定位課題ではある程度の感度があると同時に弁別課題では感度ゼロになるような刺激の呈示パラメータを見つける必要があり、かつ検出/定位課題で実験条件間で差が出る必要がある。

以上、長くなりましたが2つのレビュー論文の概要でした。内容が多く、多岐にわたるのでまとめるのも大変なのですが、主要なポイントだけ簡単に整理しておきます。

ターゲット刺激やマスク刺激の種類、およびその組み合わせによって、意識抑制の程度が変わる:したがって、研究間の結果を比較する際、また新たな実験をデザインする際には、実験の詳細な設定まで目配りする必要があります。論文を書く際にもこれらのパラメータを詳細に記述することが重要です。

ターゲット刺激に対する主観的意識を測定する方法は複数あり、それぞれに利点と欠点がある:反応基準の違いなどによって被験者の回答にはバイアスが生じ、それは無意識処理の過大評価や過小評価につながります。反応速度の測定ではなく正答率の測定を行い、信号検出理論を用いた分析方法を採用することは一つの有望な解決策です。

無意識的な高次処理の存在証明は難しい:b-CFS パラダイムの実験結果のみでは無意識処理が存在する決定的な証拠とはなりにくいので、他の実験手法(逆行マスキングなど)も併用して証拠を集める必要があるでしょう。また、実験の結果が画像の低次特徴で説明できる可能性についても考慮する必要があります。倒立画像を使う方法や、呈示するターゲット画像は同じだが被験者の注意やワーキングメモリや学習履歴や文脈などを操作する実験方法を使うことで、 画像の低次要因が関与する可能性を排除するのは一つの解決策です。

b-CFS パラダイムについての議論

CFS を用いた研究では b-CFS パラダイムを用いた研究が多いです。実際、上述の Stein (2019) のレビュー論文では CFS 研究のうちおよそ半数は b-CFS パラダイムを用いていることが報告されています。同じく上述の Pournaghdali & Schwartz (2020) のレビュー論文から、高次性質が無意識的に処理されているというデータは主に b-CFS パラダイムを用いた実験から報告されていることが分かります。

このように、b-CFS パラダイムは現在の CFS 研究において重要性が高いのですが、同時にその方法論上の問題点がしばしば指摘されてきました。そのことは上記2つの包括的なレビュー論文でも触れられていました。このセクションでは b-CFS パラダイムの性質を理解する上で参考になる論文について検討します。

b-CFS パラダイムにおける統制条件について

b-CFS パラダイムでは、統制条件の存在が極めて重要になります。CFS 条件(マスク刺激によってターゲット刺激の意識を抑制する実験条件)において実験条件間(例えば恐怖顔と中立顔)での抑制時間に差が見られても、それは必ずしも無意識過程の違いの存在を意味しません。意識抑制以外の過程、例えば反応基準が恐怖顔と中立顔で差があっただけという可能性があるからです。

そこで、意識抑制以外の過程は同等であるような実験条件(統制条件)を実施し、CFS 条件においてのみ抑制時間に差が見られるか、少なくとも CFS 条件の方が統制条件よりも抑制時間の差が大きいという結果を得ることで、CFS 条件において見られた抑制時間の差は無意識過程における差を反映していたのだと考えます。

統制条件では、ターゲット刺激とマスク刺激を同じ側の目(あるいは両目とも)に呈示し、ターゲット刺激を透明な状態から不透明な状態に徐々に変えていくという方法を取ります。この場合、CFS 条件のような両眼間抑制は生じませんが、映像の見た目的には徐々にターゲット刺激が見えてくることになります。したがって、統制条件は CFS 条件と知覚的には同等でありつつも、意識抑制の過程は CFS 条件のみに存在することになります。

もし CFS 条件で見られた抑制時間の差が無意識処理ではない過程(意思決定や反応基準の違い)に起因しているのであれば、統制条件でも同じような抑制時間の差が見られるはずです。反対に、無意識処理の違いが本当に存在している(例えば恐怖顔の方が中立顔よりも素早く意識に上る)のであれば、統制条件では抑制時間の差が見られず、CFS 条件においてのみ抑制時間の差が見られるはずです(あるいは、CFS 条件の方が統制条件よりも抑制時間の差が大きい)。

Stein, T., Hebart, M. N., & Sterzer, P. (2011). Breaking Continuous Flash Suppression: A New Measure of Unconscious Processing during Interocular Suppression? In Frontiers in Human Neuroscience (Vol. 5). Frontiers Media SA.

この論文では、以上のような b-CFS パラダイムのロジックをはじめに解説した後で、CFS 条件と統制条件が知覚的に同等であるという前提が実際には疑わしい(したがって b-CFS パラダイムを用いて無意識処理について強い証拠を得ることはできない)ことを計6つの実験を通して検討しています。以下はこの論文の概要です。

顔の倒立効果を b-CFS パラダイムを使って検討した(刺激の呈示位置の弁別課題)。CFS 条件と統制条件の試行をブロックに分けた実験(実験1)では、CFS 条件では統制条件よりも倒立効果(正立顔の方が倒立顔よりも素早く検出される効果)が大きかった。また RT の長い試行ほど倒立効果が大きくなるという傾向が見られた(統制条件では RT と倒立効果の関連はなかった)。RT の分布は CFS 条件と統制条件で異なり、CFS 条件では歪度の大きな分布になっていた。

他方で(実験2)、CFS 条件と統制条件の試行をブロック分けをせずに混ぜて行うと(mixed デザインと呼称)、CFS 条件と統制条件の結果はよく似たものになり、どちらの条件の結果も、ブロック分けした場合(実験1)の CFS 条件と同じような結果(両条件で同じくらいの倒立効果があり、RT の分布も歪度が高い)になった。統制条件においても CFS 条件と同様の倒立効果が見られたことは、CFS 条件における正立顔の優位性は無意識処理に由来するのではなく、統制条件とも共通する要因(意思決定過程や、例えば正立顔の方が低い反応基準で反応が行えることなど)に由来していたことを示唆する(RT ではなく反応の正答率を調べた実験3でも CFS 条件と統制条件の結果が同等だった)。

ところが、マスク刺激を変えた実験(モザイクを構成する色パッチを矩形から円形にした)を行なったところ(実験4)、mixed デザインであっても CFS 条件の方が倒立効果が強いという結果が得られた。実験4では RT の値が全般的に増大していたことから、マスクを変えたことにより抑制が強くかかりやすくなったと考えられる。実験4ではターゲット刺激の出現の仕方に関する主観評定(突然見えるようになるか、徐々に見えるようになるか)も調べ、CFS 条件と統制条件では見え方の評定に差が見られた(したがって、統制条件が CFS 条件と知覚的に同等な条件であるべきという b-CFS パラダイムの前提は疑わしいと考えられる)。実験5と6も行われたが省略。

この論文の結論:(少なくとも現行のやり方での)b-CFS パラダイムでは、無意識処理についての決定的な証拠を得ることはできない。なぜなら、統制条件が CFS 条件と知覚的に同等という前提は成り立っていないから(RT の分布や主観的体験が両条件間で異なる)。

ここからは私の感想です。実験のやり方(課題、マスクの種類や試行のブロック化の仕方)次第で結果が変わるという点は、b-CFS 実験をデザインする上で重要だと思いました。方略や反応基準をなるべく一致させる上では CFS 試行と統制試行をブロックに分けずに混合して行う mixed デザインが望ましいと思われます。mixed デザインを採用した実験2では、RT の分布が CFS 条件と統制条件で(同等では無いものの)かなり似た形になったことが報告されています。これは(著者らの結論には反して)CFS 条件と統制条件が知覚的体験として近い状況になっていたのだと解釈することも可能ではないかと思いました。個人的な経験では、mixed デザインの場合、自分が今やっている試行が CFS 条件なのか統制条件なのか、分からないことが多いです(分かる場合もある)。ターゲット刺激やマスク刺激の選び方にもよるかもしれませんが、主観的体験を CFS 条件と統制条件でなるべく近づけるという点でも mixed デザインの方が良いのではないかと思いました(ただし、私はこれまでの b-CFS 研究がブロックデザインか mixed デザインのどちらを主に使ってきたのか調査していないので、もしかするとブロックデザインの方が何らかの理由で利点がありそれゆえに多く採用されている、みたいなことはあるかもしれません。今後要調査です)。

b-CFS パラダイムを使うと何がわかるのか

Gayet, S., Van der Stigchel, S., & Paffen, C. L. E. (2014). Breaking continuous flash suppression: competing for consciousness on the pre-semantic battlefield. In Frontiers in Psychology (Vol. 5). Frontiers Media SA.

この論文は、b-CFS パラダイムを使って得られた知見や、b-CFS の方法論についてのレビューです。先に詳しく紹介した、Stein (2019) の包括的レビューの方が、出版年が新しく内容も網羅的なので、この論文は今となっては読む必要はないかもしれませんが、以下に抜粋した論点は他のレビュー論文では見かけなかった(けど重要そう)なものだったのでまとめておきます。

文脈によるプライミング効果(単語を聞くことでプライミングされると、プライミング刺激に一致する刺激の b-CFS の抑制時間が短くなる)は、必ずしも「意味プライミング」が起こっていることを意味しない(単語を聞くことで視覚表象が活性化し、それが抑制突破に影響したと説明することができるので、抑制刺激が意味レベルの処理を受けたとは限らないから)。

b-CFS 実験における抑制時間の差が視覚意識の差を反映していると結論づけるには、視覚意識自体を直接測定しておくべきである。なぜなら、測定された抑制時間の差は、主観報告はできないが定位はできる程度の無意識的な情報によってもたらされた可能性があるからである。そこで、2つの刺激を左右に同時に提示し、定位報告の後に弁別課題も行わせる。定位されなかった位置についての弁別成績は定位された位置の場合よりも低いはずである。もしどちらの位置の弁別も同じ成績であった場合、刺激間で意識へのアクセスに違いがあったとは言えない。

b-CFS においては、意識が部分的にある(刺激の一部の特徴のみが抑制されている)期間(periods of partial awareness)を捉えているのかもしれない。この点で、b-CFS における処理の違いを逆行マスキングなどの完全に意識のない課題での処理の違いに一般化できるかを確認することは難しい。b-CFS は無意識処理そのものを調べるには不向きかもしれないが、意識へのアクセスを測定する方法としては有用だろう。b-CFS 研究の結果はそのように解釈されるべきである。

次に紹介するのはこの論文です。

Stein, T., & Sterzer, P. (2014). Unconscious processing under interocular suppression: getting the right measure. In Frontiers in Psychology (Vol. 5). Frontiers Media SA.

b-CFS というパラダイムを使って何が分かるのかを論じたレビュー論文です。統制条件における結果の意味、特に、b-CFS 条件と統制条件の結果が逆方向になる場合(これを二重解離と呼称)の意義についての話が重要そうでした。ただし、著者の Stein は 2019 年のレビュー論文(包括的レビューのセクションで紹介した論文)において b-CFS で使われる統制条件を強く dis っており、統制条件との比較に基づいて無意識的処理について何かを言うことはできないと断じています。それを踏まえると、この論文で提案された枠組みは現在では無効となったのかもしれません。以下はこの論文の概要です。

b-CFS の統制条件の結果が持つ含意について。b-CFS 条件で実験条件間に抑制時間の差があったとする。このとき、統制条件では抑制時間の差がない(simple dissociation)か、差が小さい(sensitivity dissociation)か、あるいは逆方向の差が出る(double dissociation)という3つの可能性がある。

単一過程モデルでは、b-CFS 条件と統制条件はどちらも、異なる刺激が意識にアクセスする過程の違いを測定していると想定している(そして b-CFS 条件の方が感度が良いと想定する)。この単一過程モデルでは二重乖離の結果は説明できない。一方、二重過程モデルでは、b-CFS 条件で得られた実験条件間の抑制時間の差は、少なくとも部分的には、CFS 状況に特異的な過程によって引き起こされていると想定する。二重解離の結果が得られた場合、それは単一過程モデルを否定し、二重過程モデルを支持する。それはすなわち、CFS 特異的な過程が存在することを示す強い証拠となる。

b-CFS のデータ分析の方法について

Gayet, S., & Stein, T. (2017). Between-Subject Variability in the Breaking Continuous Flash Suppression Paradigm: Potential Causes, Consequences, and Solutions. In Frontiers in Psychology (Vol. 8). Frontiers Media SA.

この論文によると、b-CFS 実験における RT(抑制時間)には興味深い性質があり、全体的な RT が長い被験者ほど、実験操作による効果(実験条件間における RT の差)が見られやすいという傾向があるらしいです。逆に言えば、RT が短い被験者では実験の効果が見えにくくなるので、その点に配慮したデータ分析を行うことで実験効果の検出力を上げることができます。そのような考えのもと、この論文では b-CFS 実験における RT の分析方法の改善案を提案しています。以下はこの論文の概要です。

b-CFS 実験における平均抑制時間が長い(および抑制時間の分散が大きい)被験者ほど、実験条件間(例えば正立顔と倒立顔)の抑制時間の差が大きい。実験に用いるターゲット刺激の種類にもよるが、平均 RT と条件間 RT 差の相関は 0.7〜0.9 ほどある。平均 RT が小さい被験者の場合に実験条件間での RT 差が小さくなってしまうことは、実験操作の効果を検出しにくくすると考えられる。そこで、実験条件間の RT の差分を平均 RT で割った値を指標として用いることを提案する。この指標は、純粋な RT の差分よりも効果量が大きく、またより正規分布に近い分布形状になることが、既存のデータセットの再分析から明らかになった。従って、実験条件間の差を検討する際は、RT の実験条件間の差そのものではなく、それを平均 RT で割って標準化した値を使う方が、統計的な検出力が上がる。

RT(抑制時間)の分散について。b-CFS 条件の方が統制条件よりも RT の分散が大きい。RT 分散と実験条件間 RT 差の相関も、b-CFS 条件(r = 0.4〜0.7)の方が統制条件(r = 0.3)よりも大きい。b-CFS 条件における RT の分散は、抑制時間の長さの分散と抑制解除後から反応までの時間の分散の両方を含むが、統制条件においては後者の分散しか含まない。b-CFS 条件と統制条件での分散に大きな差があることも合わせて考えると、b-CFS 条件における RT の分散の大部分は抑制時間の分散に起因することが示唆される。従って、b-CFS 条件における RT 分散と実験条件間 RT 差の相関は、主に試行ごとの抑制時間の長さのばらつきによってもたらされていると考えられる。

ターゲット刺激のコントラストを下げたりマスク刺激のコントラストを上げることで抑制時間を伸ばす(そして実験条件間の抑制時間の差を大きくする)ことができる。ただしこのような方法ではノイズも増幅されて偽陽性率を上げる可能性があるため、実験方法としての妥当性には疑問がある。むしろ、本論文で提案したような、平均 RT で標準化した指標を用いて分析する方が良いだろう。

b-CFS 条件の方が統制条件よりも RT の分散は大きく、これは知覚的な不確実性が b-CFS 条件で大きいことを反映しているのかもしれない。その場合、b-CFS 条件と統制条件の間で反応基準に違いがある可能性がある。b-CFS 研究では、統制条件において実験操作の効果が b-CFS 条件よりも小さい(あるいは効果が消失する)ことを論拠にして、b-CFS 条件において観察された実験操作の効果が両眼間抑制解除後に起こる何らかの過程(意思決定など)によって引き起こされたのではないと主張する。もし b-CFS 条件と統制条件で反応基準が異なっているのであればこのロジックは妥当性を失う。今後の b-CFS 研究では信号検出理論を用いた正確さベースの測定法を用いて反応基準の問題を解決すると良いかもしれない。

b-CFS 課題において、ターゲット刺激は意識されない状態から意識される状態へと徐々に(0か1かではなく、段階的に)変化していく。このような、完全な意識状態になるまでの途中段階、つまり半意識的な状態(periods of partial awareness)では、ターゲット刺激の一部の特徴は意識されるが他の特徴は意識されない。その過程で、意識の抑制強度の段階的な変化や実験操作に対する感受性の変化が生じている可能性がある。この考えは、両眼間抑制は視覚情報処理の各階層に渡って調整されているという考えと合致する。半意識的な期間においてのみプライミング効果や注意による効果が現れるという報告もある。平均 RT の長い被験者は、抑制が浅くかかった半意識的な状態が長く続くために、実験操作の影響が観察されやすいのだと考えられる。

RTの長さとCFS効果に相関があるという現象は興味深いですが、この論文で提案されている分析方法が最適なのかはちょっとよくわかりませんでした。一般的に、割り算して作った指標を線形モデルで分析するという方法はベストなやり方ではないだろうと思います。一般化線形混合効果モデルを使うなどして個人差の要因を考慮した分析を行うのが良いかもしれません。

おわりに

以上でレビューを終わります。ここであらためて内容のまとめはしません(包括的レビュー論文を紹介したセクションの最後のところで主要なポイントは整理してあります)。b-CFS パラダイムは、高次性質の無意識処理に関して部分的な証拠を提示している点で興味を引きますが、多くの手法上の欠点も指摘されています。数秒から10秒以上に渡って無意識状態を作り出すことができるという点は、逆行マスキングなどにはない、CFS パラダイム特有の長所なので、そこをうまく活かした研究を行うのが肝かなと思いました。

レビュー後の正直な感想としては、CFS は方法自体がまだ発展途上で、実験をするにも分析をするにも結果を考察するにも、考えないといけないことが多くて面倒だなぁということです。でも、CFS という方法もその現象も、とても魅力的だし、色々な研究に使えそうで面白いです。

CFS には、面倒なことがもうひとつあります。CFS の実験は、実施(環境構築)するのがちょっと面倒なのです。特別高価な機材が必要というわけではなく、普通のディスプレイと、あとは鏡を使った簡単な工作を行えば、左右の目のそれぞれに異なる映像を見せるということは可能です(私の出身研究室でも、学生が自分で器具を作っていました)。なのですが、やはり面倒は面倒ですし、しかも実験環境を作るとそれが実験室の1スペースを占有することになってしまいます。CFS 実験をするスペースではディスプレイの手前に装置を置いておく必要があるので、それを撤去するまで、他の実験ができないのです(赤緑眼鏡を使った方法ならその手の問題はありませんが)。

HMD を使った CFS 実験

ところが。CFS の実験は、HMD を使って行うこともできます。HMD を使って、左右それぞれのレンズに異なる映像を出力すれば(Unity を使うと簡単にできます)、CFS の状況が作れます。実例として Nakamura & Kawabata (2019) など。私も、CFS の実験を VR 用の HMD (HTC Vive) を使ってやっています。中村さんの研究では Oculus DK2 を使い MATLAB で制御していたと聞きましたが、現在の Oculus の型番(Quest シリーズ)は MATLAB で動かすのは難しいぽいです。

HMD で CFS 実験をやってみて思ったのは、これはとても手軽で最高だ! ということです。面倒な工作をする必要もないし、実験スペースを占有することもなく、被験者に HMD を被せればすぐ実験が開始できます。Oculus Quest 2 であれば4万円くらいで買えるので、お金もかかりません。あと気づいたのですが、HMD を使って実験をすれば暗室が必ずしも必要ありません。

最後のハードルとしては、実験プログラムをどう作るかという点です。私は Unity を使っていますが、心理学者で Unity に慣れている人はあまりいないと思います。これについては、近いうちにサンプルプログラムを公開しようと思っています。また、刺激用の画像を差し替えるだけで、Unity には全く触れなくても CFS 実験を行えるようなソフトウェアも用意できればと思っています。乞うご期待(もし今すぐプログラムを渡してくれという希望があれば、渡せますのでメールや twitter で連絡ください)。

コメント

Copied title and URL