Research

— Research Overview —

視覚やイメージといった、言語に依らない思考のモードに興味があり、人間の視空間的な認知能力について研究を進めています。人間の思考は言語によってなされるという見方が認知科学や言語学の領域では根強いですが、実際には前言語的/超言語的な認知・思考・推論こそ人間の知の基盤をなし、また文化や創造性の源泉であるとの立場をとりたいと考えています。

主な研究領域は視覚認知や空間認知です。視覚情報がどのように知覚・認知され、また記憶されるのか。都市空間や建築空間がどのように認識され、人々の空間行動に影響しているのか、といった問題に興味があります。「環境を視覚的に認識し、行動に反映させる」という、誰しもが普段自然かつ無意識的に行なっている、それゆえにその存在にも気づかれにくい心的過程が、実は人間の知や社会のあり方を深層から規定している、という人間観について考えを深めて行きたいと思っています。

研究の指針として、生態学的妥当性や人間の日常の生活の文脈を強く意識したテーマ設定をしたいと考えています。現在でも多くの実験心理学の研究は極めて単純な刺激や課題を用いて行われていることが多いですが、それでは実世界の複雑さの中に生きる人間の姿を捉えるには不十分です。心理学の理論を、実験室を超えた外の世界に向けられたものにするには、現実世界の複雑さを十分に代表できるような実験状況や日常の文脈に即した課題を用いることが不可欠だと考えています。

複雑な世界を複雑なままで実験的研究の俎上に乗せるという目的実現のため、様々な技術を有機的に取り入れた研究を行なっています。コンピュータグラフィックス、バーチャルリアリティ、画像処理やディープラーニングを活用することで、世界の複雑性を実験的に生成・制御し、また分析することができ、従来の実験心理学ではアプローチできなかった新しい問題に取り組むことが可能になります。

— Projects —



物体の表面質感についての記憶の恒常性

モノの質感、例えば表面の光沢感や粗さは物体の認識に重要な視覚特徴です。質感を観察することで物が古いか新しいか、本物か偽物か、などの判断が可能になります。質感認識が効果的に行われるためには、照明環境が変化してモノの見え方がたとえ大きく変わったとしても、物体自体が持つ質感を正しく認識できる必要があります。例えばお店で新しいシャツを買おうとする際にそれが家にある上着とマッチするかを考える時、両者の色や質感を、店と家での照明の違いの効果を差し引いた上で比較する必要があります。

このような質感の恒常性についてはその特性やメカニズムが知覚研究の分野でこれまで多く検討されてきました。一方で、上記の例のように今見ているものと記憶の中のアイテムとを比較するといった場面での恒常性の特性についてはこれまでほとんど研究がありませんでした。日常の文脈においては記憶においても恒常性が要求される場面が多いだろうことを考えると、また恒常性のメカニズムをより一般的に捉える上でも、これは重要な問題であると考えられます。

本研究では実世界照明下での物体質感をコンピュータグラフィクスを用いて再現した画像を刺激として用い、質感のマッチング課題を用いることで、視覚記憶の照明の変化に対する恒常性の度合いを測定・定量化しました。分析の結果、記憶された質感もまた照明の変化に対する恒常性を持つことが示されました。

Journal paper:
Tsuda, H., & Saiki, J. (2018). Constancy of visual working memory of glossiness under real-world illuminations. Journal of Vision, 18(8):14, 1–16. https://doi.org/10.1167/18.8.14 / [Journal site]


バーチャルリアリティ環境において人はどのように空中を探索するか

従来の空間行動の研究(視覚探索やナビゲーション研究など)は平面的な環境(平面画像上での探索や地表面上での移動)を扱ったものが支配的でした。しかし、技術の発展は人間に三次元の空間内を自由に「飛ぶ」機会と能力を与えました(例えばゲーム、VR、ドローンの遠隔操縦など)。前後左右上下と三次元的に移動が可能であるような状況に置かれた時、人はどのようにして空間を探索・認識するのでしょうか?

本研究では、バーチャルリアリティ環境において人が空間内を飛行探索する際の方略(どのように飛ぶか)を物体位置の学習課題を用いて検討しました。実験の結果、三次元空間内を探索する際の飛行姿勢や経路選択には特定のバイアスがあることが明らかになりました。さらに、空間を俯瞰的・大域的に把握する傾向を持つ人は三次元空間内の学習の能力が高いという個人差が存在することが示唆されました。

Conference proceedings:
津田裕之, 齋木潤. (2015). 空中の探索方略:飛行の姿勢と経路、および空間認知. 日本基礎心理学会第34回大会, ポスター発表, 大阪樟蔭女子大学・小阪キャンパス, 11月28日-29日.



低価格視線計測装置用のデータ解析用ライブラリの開発とその評価

視線計測装置(アイトラッカー)は一般的に極めて高価な装置でしたが、数万円で買えるようなかなり安価なものも近年登場して来ており(EyeTribe, Gazepoint, Pupil labsなど)、有望な代替物となると考えられます。ただ、これら低価格視線計測装置にはデータ解析のためのソフトが付属していないか、機能が限られているか、または高価なオプションとして抱き合わせ販売という形態がとられていることが多いです。

本研究では、EyeTribeから出力された視線計測のローデータを解析するためのJava/Processing用ライブラリを開発しました。注視やサッケードなどのイベント検出、データの可視化(スキャンパスやヒートマップ)、計測バイアスの補正などの機能を実装しました。また、EyeTribeの視線計測装置としての測定精度を検討するための実験を行い、空間的精度は比較的良好であることを確認しました。

[2018年9月追記] このライブラリは現在のところ一般公開していません。余談ですがEyeTribeは2016年の末にFacebook(OculusVR)に買収され、プロダクトの販売を停止してしまいました。EyeTribeはたった1万円ほどで購入できるアイトラッカーだったのでぜひ普及して欲しかったのですが、残念です。低価格アイトラッカーは今後はVRヘッドセットに内臓されるという形で世の中に普及することが予想されます、というか早くそうなって欲しいです。もし良さげなプロダクトが出れば買おうと思いますし、その時にはこのライブラリもR言語にでも移植して公開できればと思っています。

Conference proceedings:
津田裕之, 齋木潤. (2015). 低価格視線計測装置と実験心理学:ライブラリの開発とその評価. Technical Report on Attention and Cognition(2015) No.22. [slide]



大規模空間の認知地図形成における地形起伏の寄与

坂や高台といった地形の起伏や高低差は、場所や空間を認識する際の顕著な手がかりになります。実際、坂の多い町である東京には名称を与えられた坂が500以上存在し、また「坂」の字を含む地名や駅名は全国に無数に存在します。環境内での移動行動(空間ナビゲーション)において坂や高低差の情報をよく認識・記憶しておくことは、例えば津波や洪水などの水害の発生時に高い場所へと迷うこと無く迅速に避難するためにも重要なことです。しかし、従来の空間認知研究では起伏のない平面的な環境を用いた実験が支配的であったため、地形の起伏が人間の空間認識や空間行動にどう影響するかは不明でした。

本研究では、起伏のある街の中を移動しその空間を学習する際のプロセスをバーチャルリアリティ環境を用いて検討しました。実験の結果、空間内の勾配情報(坂)をよく記憶しているほど経路探索は効率化し道に迷いにくくなること、ただしそれは比較的高い空間能力を持つ人に限定されることが明らかになりました。また、男性は女性に比べて坂の情報をよく記憶していることも分かりました。

Award:
日本心理学会第77回大会 学術大会優秀発表賞 受賞

Conference proceedings:
Tsuda, H., & Saiki, J. (2014). Memorizing slope but not elevation facilitates navigation in a virtual environment. Journal of Vision, 14(10), 1351–1351. https://doi.org/10.1167/14.10.1351 / [Journal site] / [poster]

Technical report:
津田裕之, 杉本匡史, 齋木潤. (2013). “大規模空間における土地の高低差の学習 : 仮想環境による検討”. 信学技報 113(128), 37-41, 2013-07-13.


バイオロジカルモーションのワーキングメモリへの符号化

ワーキングメモリ(WM)の容量は極めて限られているにも関わらず、人はその困難をあまり感じることなく日常のタスクを遂行しています。それが可能である1つの理由は、環境を外部記憶として用い、課題に必要な情報のみをその都度素早くWMに出し入れすることで記憶の容量制約の影響を最小限に抑えることが可能だからです。このストラテジが実効性を持つためにはワーキングメモリへの情報の転送速度が高速であることが不可欠ですが、実際、WMへの視覚情報の符号化や固定化はおよそ100ミリ秒ほどで完了する極めて素早いプロセスであることがこれまでの多くの研究から示されて来ました。

しかし、あらゆるタイプの視覚情報がいつもこのように高速で記憶へと転送可能であるとは限りません。本研究では人間の歩行動作という複雑かつ動的なタイプの視覚情報を用いてその記憶の形成過程を詳細に検討しました。その結果、数秒間という長い時間スケールで進行する記憶の形成と精緻化のプロセスが存在することを発見しました。これは、従来の定説に反し、ワーキングメモリでの情報の符号化は時にかなり遅いプロセスであることを示唆します。

Award:
日本認知心理学会第10回大会 優秀発表賞(技術性評価部門) 受賞

Journal paper:
Tsuda, H., & Saiki, J. (2018). Gradual formation of visual working memory representations of motion directions. Attention, Perception, & Psychophysics, https://doi.org/10.3758/s13414-018-1593-9 / [Journal site]